小さなワンドのように河岸線がくぼんで、石組みの護岸のところどころに草木がかぶさっている。
そのオーバーハングをくぐって岸ぎりぎりを狙ったが、垂れさがる蔦にプラグが引っかかった。
船頭のKenziさんによるとここから大事なエリアらしい。
しかししなやかで強靱なツルにフックが絡まり、ボートを近づけてもらわないと僕のプラグは取れそうにない。
「先に投げてください」
と促すと、Kenziさんはあたりを見回し何か気づいた風で、
「僕がダシヨのロッド持っとくけん、その先を投げてみてだ」
と言った。
出発の前日、収納ボックスからプラグを選んでいるとミスキャストで塗装が剝がれたプラグが目にとまった。
ルーピールーパーのFR。
赤というかピンクというか、眩しいほどの蛍光色で、つぶらな黒目のまわりが半径5mmほどはく落し白い下地が露わになっている。
いつもは塗装が剝がれたらミスターカラーなどを調色して筆塗りする「リタッチ」をするがこの色は難しすぎる。
Kenziさんに相談しようと持っていくことにした。
そのまま修理を依頼することになるかもしれないと巾着袋に入れたものの、使いたい気持ちもあってタックルボックスに入れ直した。
ここで
「もしこれで釣れたら置いて帰りたくなくなるかも」という考えと
「いやそうなったら持って帰ってくればいいのだ」との一瞬のキャッチボールがあって、そのままプラグはボックスに収まった。
もう一本のロッドにはそのFRのルーピールーパーが結んである。
視線の先を見ると、ワンド終わりの護岸の端が小さな岬のように突き出ていて、木々や蔦が控えめに繁っている。
蔭になった繁みのふところか、本川となる沖側か。
アグレッシブな一匹を想像して沖に狙いを定めてキャストした。
平たいお腹でパシャンと川面に落ち、ほんのちょっと間をおいてチョンとロッドティップをゆする。
プラグはわずかにダイブしながら首を振り、その余韻で反対側を向いた。
そっと糸を張って頭をこちらに向け、そのままテンションを保ってクーっと短くロッドを引く。
プラグはヘッドを水中に突っ込んでつんのめるようになって水面に戻ってくる。
そこから間をあけず同じように糸を操る。
頭をわずかに左右に振る連続キックバックアクション。
プラグがお尻から戻ってくる挙動の終わりごろ、大きな魚体が身を翻し、蛍光レッドの輝きをさらっていった。
リールを巻きながら身体の左側にロッドをあおる。
と、ずるずるずるーと糸が滑っていく。
ドラグ締めてなかった?
慌ててドラグを締めなおし、糸のたるみを巻き取って、もう一度ロッドをぐっとあおる。
よさそうなサイズだ。
近距離でかけたのでバスは近い。
リールを巻きながら下に突っ込んでいくバスをロッドで受けとめる。
あれ、突っ込みが止まらない。
耐えて、浮いてくるかなと思うと、またすぐ強い引きで水底に走っていく。
2本持ち込んだうち重たいプラグ用のゴダグレイのグラスロッドがバットからつの字に曲がっている。
ぜったい釣りたい。
ファイト中に迷うのはよくないと釣りをはじめるときから今日はハンドランディングすることにしていたはずの気持ちが揺らぎ、ロッドを預けてまでポイントを譲ってもらったキャストだしKenziさんにネットですくってもらって完結としよう、と決意しなおす。
まだ銀鱗も見えない。
もう何度目か分からない水底へ向かう走り。
これまで体験したことのない、確信めいた荒々しいファイト。
やがて疲れて浮いてくるバス。
ボート際の最後の攻防。
力みなぎる輝かしい魚体がネットに吸いこまれ、歓喜に貫かれる未来。
を一瞬、リアルにイメージしたと思う。
そうした全部を背負った手ごたえがふっと消えた。
唐突に、永遠に真っ白になった世界のかたわらに、ぷかり、とプラグが浮かんでくる。