寄稿集「ハトリーズとぼく」のはじめに

「ハトリーズ」をテーマに寄稿を募集しています。
ハトリーズや羽鳥さんが好きな方、大事な思い出がある方、まだ使ったことがないという方も…ぜひお気軽に文章をお寄せください。

お送りいただいた文章は、このホームページで公開した後、寄稿集「ハトリーズとぼく」として冊子にまとめる予定です。

寄稿の詳細はこちらでご確認ください。
〆切りは2026年1月18日(日)です。

寄稿集の冒頭に、ハトリーズのかんたんなおさらいを載せておこうかなと、まとめてみました。
先行して公開します。

ハトリーズ(Hutley’s)は、羽鳥靜夫さんが作るバスプラグのこと。

1973年、初めてのバスフィッシングに誘われた羽鳥さんは、自作のプラグを二つ(野ねずみとかわうそ)こしらえてきて、周りを驚かせたのだという。
以降、プラグ作りや執筆などを通して、日本のバスフィッシングに大きな波紋を起こしたのは周知の事実…だが、文集のはじめに、ハトリーズの足跡をおさらいしておこうと思う。
とはいえ、はじめから企画に色をつけることもしたくないので、ここでは事実を大まかに挙げることにとどめる。

まずプラグについて。
1975年にザラⅢ(のちファンキーバードとして発売)、1977年にはインナーハンドW.Bの原型が作られていたといい、ブランドを立ち上げる前に名作ができあがっていたことになる。
販売のスタートは1981年、スミスの扱いでクルベイトとザラヤッコがごく少量流通した。
1983年、スミスのカタログにクライングフロッグとミルキーボーイが掲載され、これがハトリーズブランドのオフィシャルなデビューとなった。

1989年にはスネイキーの発表とともに干支シリーズがはじまり、後に宇宙人やお化けシリーズも加わって、バスブーム時には入手困難プラグの代名詞にもなった。
1991年にハンサムボーイなどのインジェクションモデルが誕生し、1993年にスティッキー、2000年にはインナーハンドもインジェクション化されている。
2010年には機能性に特化した異色のウッドモデル、ウィゾを発表。
2019年のサスピションが最後に発表されたプラグになった。

ハトリーズのプラグは、羽鳥さんによるハンドメイドライン「ハトリーズスペシャル」、量産型ウッドの「スーパーストライクハトリーズ(インジェクションも含む)」、バスブーム後のウッド製新シリーズ「ハトリーズクラシック」などに分けられる。

ここまでに挙げたのものはほんの一部で、ほかにも多種多様なプラグが生まれており、細かなバリエーションを含めるとラインナップは100種近くになるのではないかと思う。
プラグ作りの才能はトップウォーターにとどまらず、クランクベイトのハスティやディプシードゥ、バイブレーションのミスティなども羽鳥さんの設計による。

羽鳥さんは表に出ることを嫌い、たびたびあったメディアからの取材依頼もすべて断っていたそうだが、いくつかの著書とビデオが、その考えや人柄を伝えてくれる。

著書には、プラグ作りのハウツー本『気が向いたらプラグ作り』(1983年、アテネ書房)、トップウォーターバシングのハウツー本『BASS OF BASS』(1985年、アテネ書房)、そしてBASSER誌の連載をまとめたエッセイ集『ぼくたちのバスフィッシング』(1998円、つり人社)の3冊がある。
その語り口はプラグ同様に味わいがあり、思慮深く、読み返すたびに新しい発見がある。

ビデオは、ALVANから「羽鳥静夫サーフェイスゲーム」などのシリーズが出ており、羽鳥さんのプラッギングやハトリーズプラグの振る舞いを映像で見られるだけでなく、スミスの玉越さんや鳥居さんとの軽妙なやり取りも印象に残る。
2011年のDVD発売を最後に、プラグの制作以外に表だった舞台への登場はほとんどなかったが、亡くなる前年まで琵琶湖でサーフェイスゲームを楽しんでいたという。

はじめてのハトリーズが制作されてから半世紀がたった。
広がったいくつもの波紋は、ぼくたちの心のなかで、いまも静かにふるえている。

寄稿集「ハトリーズとぼく」のはじめに」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ハトリーズとぼく【Pencils of Basser】 - shallowtrickshallowtrick

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