気が向いたらプラグ作り

penned by 日高シカ

思い返せば、アメリカンプラグ一辺倒だった。

ブラックバスはアメリカからやって来た魚だからアメリカのプラグで釣るのが正統であって最も理にかなっている。
なによりクールで格好よい。

ってなことを、90年代半ば頃まで胸を張って豪語していた。

だが今となっては日本の釣道具と釣文化に一辺倒。
もちろん現在でも歴史ある舶来バスプラグには憧憬とロマンを抱き、果てしなく魅力を感じている。
しかし私はいつしか日本のブラックバスの歴史と文化に深く興味を持ち始め、探求/再考するその道中で、日本人が造るバスプラグを使うことに強い意義と誇りをもつようになった。
特に俗に”ハンドメイドプラグ”と呼ばれる個人作家の釣具に強い釣毒熱をあげるようになった。

どのような回遊を経て、このような境遇へ至ったかはとても重層的で紆余曲折な要因が絡むが、一つ一つ丁寧に紐解いていくと明確にある一つのトリガーに突き当たる。

それは羽鳥静夫氏によるハトリーズとフィロソフィー的著書たちだ。

勿論、世代的にバルサ50や則弘祐氏にも強く影響を受けた。
バスに向き合う姿勢、ファッションや道具立てなどには強烈な刺激を受けた。
だがそれらは直感的にアメリカ的美学に寄ったものだった。

羽鳥静夫氏の作品群はそれとは違った。
あくまで主観となるがハトリーズには一切、アメリカの薫りを感じない。
明らかに日本的感性に沿った気配を感じる。
さらに著書に目を落とすと、そこには露骨に日本古来の情緒を感じさせる繊細な釣趣が色濃く書き留められている。

特に私のハンドメイドプラグ熱とサーフェイスプラッギングの信条に関して言えば、もうこの一冊にすべてが詰まっていると言ってもよい。

それは、羽鳥しづを『気が向いたらプラグ作り』(アテネ書房、1983年)。

手に入れたのは勿論リアルタイムではない。
20代中頃、気ままな自作プラグのみで釣行するのが幼馴染の釣友たちとの間で一時的に流行って、その際に教科書として古本で入手。
当初はルアーメイキングの手ほどき本として読んでいたが、読み返せば読み返すほどサーフェイスゲームの精神論として捉えるようになっていった。

中でも最も影響を受けた部分はバスプラグに対する観点や視点。
今の私のバスプラグへの考え方や先入観はこの本によって形づくられたといってもよい。
バスプラグという釣道具は漁具とは一線を画する。

”ネジがゆるむ”
この書はこの一言から始まる。

思い返せば、この一言にネジを引きしめられた気がする。


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